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2008.10.30~Wet stone pavement~ 

ホテルに入ってチェックインをする。
部屋の中に入る。
かわいらしい部屋だった。

2人


さっそくISO400ポジフィルムを+2増感して夜の街を徘徊する。
ホントに美しい町だ。
夕焼けに間に合えばさらによかったであろう。
人が大勢いるわけではないが、女性1人で歩いても全然大丈夫な感じ。

看板


外灯の形も、灯りも、濡れた石畳に照らされた光も本当にきれいだった。
写真でみるよりもはるかに。
さすがに暗いからなかなかうまくこの美しさを表現できないのが残念なところだ。
お腹がすいてきたので、夕食が食べれそうなお店を探しながら写真を撮る。
結局暗いからかなり失敗した写真もあったが1本は撮り終えた。

夕食のお店がなかなか決まらず、結局ホテルに隣接した
洞窟みたいなレストランに入る。8時ごろだったかな。
人はそんなにいない。
ピルスナービールとサーモングリル野菜添えみたいなものを頼む。
これはかなりおいしかった。
野菜もじゃがいも、小たまねぎ、パプリカなど種類も多く、塩加減もちょうどよかった。
黒ビールも頼んだ。

道


9時過ぎに部屋に戻り、
洗濯して、シャワーを浴びて、床につくことにした。
目覚まし時計があったので、目覚ましを5時にセット。

なんとかここにたどり着けてよかった…。おやすみなさいZZZ

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2008.10.30~the bus window~ 

しばらくぼーっと窓の外を眺める。
のどかな風景が目に飛び込んできて、たまに写真を撮ってみる。
だが、バスが走っているのと窓がそんなききれいではないので、
なかなかいい写真は撮れなかった。

チェスキーブイヨチェまで16時40分の予定。
それまでに何度かバス停にとまる。
多分ターボルだったと思うが、人が多くなってきたので、
荷物を上に上げようとしたところ、重たくてふらついてしまった。
そのとき隣の太ったおじさんが手伝ってくれた。ありがたいことだ。

行き車窓2


写真撮ったり、ガイドブック見たり、すこし休んだりしていると、
あっという間に時間は経ち、
16時42,3分頃、チェスキーブイヨチェバスターミナルに到着した。
16時40分出発のバスのバス停を探す。

私の前を「チェスキークルムロフ」と書かれたバスが停まった。
バスの運転手に英語で聞いてみるが、「?」な感じだった。
英語がよくわからないようんだ
後ろに並んでいた20歳前後の青年が、
「このバスはチェスキークルムロフからプラハに行くバスだよ。
目的のバスは2番から出るよ」と英語で教えてくれた。
もし教えてくれなかったら、私は来た道を戻っていたことになる。
青年よ…。本当にありがとう。

次のバスは17時25分に出発する。
まだまだ時間があるので、トイレに行ったりしながら待つ。
バスが2番に到着。中へ乗り込む。
人が多い。
荷物をひざの前に載せてじっと座っていた。

最後のバスターミナルまで乗っておこうかと思ったが、
ひとつ手前のバス停で降りる。

ライトアップされた城が見える。
本当にきれいだ。気持ちが高まる。
スーツケースを引きずりながら進む。
石畳のせいでガタガタしていて進みにくい。

道に迷いながらも何とかホテルに到着。

チェスキーホテル前


これが今回チェスキークルムロフで泊まったホテル正面。
さすがに私が到着したのが18時20分ごろだったので、真っ暗だった。
これは朝撮った写真。

2008.10.30~dash~ 

ようやくプラハに向けて飛行機が飛び立つ。
疲れているのに眠れなかったせいか、
頭がぼーっとして体調がいまいちよくない。
目をつぶってしばらく休むことにする。

途中で軽食が出される。
味はまあまあだったようなきがする。
体調がよくないのでお酒を飲むのはやめておく。
隣の女性はビールを飲んでいた。

遅れながらもプラハのルズィニェ国際空港に到着。
今日はプラハからチェスキークルムノロフに移動しなくてはいけないので、
急いで空港内を移動。
入国手続きのカウンター前に行列ができていた。
ちょっと待つと私の番であったが、何の質問もされないままチェコ入国。

早速見つけた空港内の両替所で100ドルをコロナに両替。
その後ロビーで地下鉄の切符20kcの分を買う。
空港内のインフォメーションで、
「ロスティリーバスターミナルにあと1時間で到着できるか」と聞いたところ、
「急げ」との事。

あたりを見回すが、CDAZのバス停を探すが見つけることができない。
入口付近にいた客引きらしきお兄さんにCEDAZのバス停はどこかときくと、
近くにいた運転手に「この車に乗ったらいい」といわれる。
車には460kcと書かれている。たっ、高い。。(当時1コルナ6.2円程度だったと思う)
おじさんに力づくでのせられそうになるが、わめいて何とか開放される。

なんとかCEDAZのバス停を見つけることができたが、
このバスは13時10分にならないと出発しないようだ。
作戦を変更して119番の市バスでひとまず「DEJVICKA」に向かうことにする。
12時55分ごろ市バスは空港を出発。

意外と早く15分ぐらいで「DEJVICKA」に到着。
すぐに地下鉄駅の入口があったので、ダッシュで乗り込む。
A線でMUZEUM駅まで行き、その後C線に乗り換える。

車両の時計をみながら落ち着かない時間を過ごす。
12時40分にバスターミナル最寄駅であるRoztyly駅に到着。

あと5分しかない。またもやダッシュで地上にあがる。
駅を出るとすぐにバスターミナルが。
チェスキーブイヨチェ行きのバス停がわからなかったので、
インフォメーションで聞くと「No.5 Go straight!」と言われる。
スーツケースを引っ張りまたもやダッシュ。

5番付近に到着すると何やら走り始めたバスの姿が…。
バスに向かって手を振ってダッシュする。
気づいてくれたらしく、バスは停まってくれた。
ネットで調べて打ち出したものをバスの運転手に見せると、
このバスでOKとの事でお金を払い、席に座る。
ダッシュのせいですごく息が切れていたので向かいの席に座っている
おじさんがぷぷぷと笑っていた、

なんとか間に合ってよかった。。安堵の気持ちがこみ上げる。
ダッシュしたかいがあるというものだ。
おかげで下のような車窓に出会うことができた。

行き車窓1


2008.10.30~À bientôt Paris!~ 

おにぎりを食べた後、どこにいったらいいかわからなかったので、
インフォメーションでイーチケットレシートを見せると、
左側の警察の前を通って2B-7へとの事だったので、
セキュリティーチェックを受けてから2B-7らしきところに到着。

まだ搭乗手続きをする気配がなかったので、あまったテレフォンカードで実家に電話。
父親が出て、「いまどこにいるか?」と聞かれたので
「フランスにいるよ」と答えた。間違ってはいない。
日本でチェコに行くことは告げていなかったので、
「これからチェコに向かう」とはいえなかった。

電話で話した後、しばらくベンチに腰を掛けて待つ。
出発時間まで2時間を切っているのに7番カウンターの前には
航空会社の人は誰も居ない。
けど人は並んでいる。
かなり不安になる。本当にここで大丈夫なんだろうかと。

空港職員の方が通ったときに、
「ここでまっていてもいいのか」ときいたら
「ここでいいですよ。じきに搭乗手続きがはじまります」と言われた。
少し安心する。

となりのカウンターにフジTVの人らしき集団が
フジTVと書かれた大きな荷物と共にやってきた。
「何を取材するんやろう」と思いながらながめてた。

9時55分が出発というのに8時20分になってようやく搭乗手続きが始まる。
手続きを済ませた後、かばんにおさめたはずの航空券が落ちていたらしく、
親切な人が拾って私に渡してくれた。本当にありがたい。
もしこのままなくしていたらと思うとぞっとする。

ここでのセキュリティーチェックもかなり厳しく
下着などもちら見された。
これを終えると集合場所で待つ。

空港通路


昨日の雨とはうってかわり、きれいな青空を見ることができた。
こんな青空のパリを歩きたかったなと思うが、そんなことを思っても仕方がない。

プラハについてから時間がないので、ここで水を買う。
飛行機に乗り込む。

私は通路側の席。
隣は子供連れのきれいなおかあさん。
窓側は日本人男性だった。
途中フジTVの音声さんらしき方が機材を抱えて通路を通る。
搭乗手続きが遅れたせいか出発時間が遅れていた。

ようやくパリを離れる。
また近いうちにパリへ…。

ちなみに下は私が今回と前回撮ったパリの写真をスライドショーにしたもの。
友達の結婚祝いにあげた分です!
もしよかったらのぞいてみてください。

パリアルバム

2008.10.30~from Denmark~ 

昨日、あれだけ歩き回って疲れているというのに目が覚めるのが早い。
ガイドブックみたり、準備したりして過ごす。
ピックアップの時間が6時45分ということで6時半過ぎに
チェックアウトをする。
しばらくは誰もいない暗いロビーのソファーに座って待っていたが、
45分ごろホテルの外に出る。
本当に迎えにきてくれるのだろうかとちょっと不安もあったが、
外にでて2,3分後にそれらしき車が到着。

荷物をトランクに載せ、車内に入るとすでに5人の女性が座っていた。
「good morning!」と声を掛けられたので、掛け返す。
5人の女性は同じグループらしく、日本語でなにやら話していた。
その会話にちょっと反応すると隣の女性から
「日本人だったのね」と話しかけられる。

高速道路


5人は30代から60代のデンマーク人の旦那をもつ日本人の主婦の会のようだった。
彼女らはパリ旅行の経験者が多かったので
今回はモンマルトル周辺のアパートメントマンションでみんなでわいわいとやったり、
モンマルトルでシャンソンを聞きに行ったりしたみたいだ。

私もパリでどんなことをしたかとかこれからどこにいくのかなど話した。
デンマークでの暮らしぶり、どうしてデンマーク人と結婚することになったか、
家族のことなども話してくれた。
デンマークには納豆も梅干もあるようだ。
梅干といえば、今日の朝に作ったこんぶと梅干のおにぎりを頂いた。
こんなところでこんぶと梅干のおにぎりに出会えるとは思ってもみなかった。
なんだかお腹がすいていたので、梅干のおにぎりを車内で食べた。

上の写真は高速道路通過中に撮ったもの。
いろんなお話ができて本当にたのしかったので、空港にあっという間に着いてしまった。

私の目的地が先だったので、先に下りる。
もう少しお話したかったな。
隣の方とメールアドレスを交換して、私は行き去る車に手を振った。

まだ飛行機出発まで時間がたっぷりあったので、機内には持ち込めない
もうひとつの昆布のおにぎりをロビーで食べた。
ちょっとやわらかかったけど本当においしいおにぎりだった。

2008.10.29~a water lily~ 

バスに乗ってしばらくするとまたルーブル付近にたどり着く。
オランジェリー美術館でモネの「睡蓮」を見たかったことに気が付いて
モノプリには行かずに、チェイルニー公園前のバス停で降りる。
水溜りの残る公園を歩くとオランジェリー美術館に到着。

美術館前に到着するとたくさん人が並んでいたが、
ここでも「カルトミュゼ」が活躍できるのではと思い前に進む。
なんだかそれっぽい入口はあるのだが誰もいない。

整備員に「ここがカルトミュゼ用の入口か?」と聞いたら「OK」と言ったので並ぶ。
私が並んで少しすると私の後ろに人の列が。
カルトミュゼのおかげですんなり中に入ることができた。

まずは地下に行き、さらりとみてから、メインの「睡蓮の間」へ向かう。
やわらかい光の差し込む明るい部屋だ。
そこの椅子に座ってぼーっと絵を眺める。
2部屋あった。日本人らしき人もちらほら居た。

すいれん


なんとか重い腰を上げてオランジェリー美術館をあとにする。
下の写真がオランジェリー美術館前。
こんなに雨が降ったのだ。

地下鉄のコンコルド駅に向かう。
駅の機械が壊れているらしく、タダで入ることができた。
コンコルド駅からラファイエット駅へ。

水溜り


兄との待ち合わせ時間より20分ほど早く着いたので、
ギャラリーラファイエットの1階で商品を見る。
ちょっとほしいかばんもあったが、決心できずにあきらめる。

体調の悪さと疲れとで少し目が回る。
6時頃になったので待ち合わせの角の入口に向かう。
少し待っていると兄の姿が。
下の画像はラファイエットのツリー。まだ10月だというのに…。

ツリー


一緒に別館の食料品の売っているフロアに向かう。
前にパリに来たときは友達と一緒にここでホテルの部屋で食べる夕食の買出しを
したっけなとか思い出した。

私は明日の朝食用のパンをエリックカイザーで、
パティスリーサダハル・アオキで親へのお土産用のコンヒィーユ(キウイ味)、
他の人たちへのお土産をいろいろと買った。
クリスティーフェルベールのジャムは日本より安い。たしか6ユーロぐらい??
兄は2リットルの水を購入。
兄を待たせた買い物を終えた後、2人で地下鉄にのり私のホテル近くの
レピュブリック駅で降りる。

駅近くのイタリアンレストランで夕食をとることとした。
シーザーサラダ、カルボナーラ、白ワイン1本。
カルボナーラは味はまあよかったが汁気がないのとボリュームがありすぎて
2人がかりでも全部食べることができなかった。

兄は結局私と分かれた後、ルーブルとオランジェリーに行ったようだ。
オランジェリーで長い行列に並んでいたが後からカルトミュゼ用の入口に気が付いたとか
話をしていた。
私の兄と別れたあとからの出来事も話した。
何事もなくこうやって再会できてよかったな、
Oさんが日本語が話したかった好青年で運がよかったなと言った。
「せっかくこうやって出会ったのにこのままだともったいないから
後でお礼の電話をしてみるよ」と兄に告げた。

兄と別れてからすぐに電話ボックスを見つけることができたので、
Oさんに電話をする。
「今日は本当にありがとう。昨日、今日とあなたを撮った画像をメールで送りたいから、
Eメールアドレスを教えてくれますか」といったら快く教えてくれた。
ちょっと聞き取りにくかった。聞き間違えていたらもうOさんとはつながらないんだろうなと思った。

ホテルすぐ近くに実はモノプリがあった。
ちょっと中へ入ってみるが、さっき買い物したばかりだったので、見るだけでおわる。

ホテルに戻り、今日水溜りのせいで汚れた靴下やズボンを洗濯し、
シャワーを浴びて寝ることにした。
昨日に引き続き、本当に長い一日だった。

2008.10.29~monoprix~ 

下の写真がパサージュの出入口。
ハートの形がかわいいなと思いながら撮った。

まだ雨がやまないパリの街を相合傘でサントゥスタッシュ教会へ向かう。
10分ほど歩くと教会に到着。

パサージュ上部


広い教会だったが、雨のせいかあまり人がいなくて静かだった。
この教会は「太陽の教会」と言われているみたいで、
晴れていると窓から光が落ちてきて本当に美しいらしい。
でもこんな雨の日のしっとりした静かな空間もまたいいものだと思った。

ベンチに腰を掛けて、ぼーっと窓を見ながら話をする。
Oさんは半年ほど父親の祖国であるM国に行くとの事など話をした。

教会の椅子


ここを見学した後、どこにいくかということになった。
あまりにOさんを私の用事に付き合わせてなんだか申し訳ないし、
あまりに一緒にいるとお別れするのが寂しくなってしまうなと思い、
「お土産をまだ買ってないからモノプリに行きたいんだけど、
もしOさんが何か他にすることがあれば、もういいですよ」といってしまった。

「それならバスで移動するといいよ。自分は図書館で勉強するから…」と言っていた。
本当に勉強することが好きなようだ。
今度こそ自分のやりたい勉強をしてもらいたいものだと思った。

年齢のことを聞いていなかったので、聞くと
大体私の予想通りだった。(20代後半の青年でした)
ちなみに私は何歳に見えるかと聞いたら、
私の実年齢よりも3歳も年寄りに見られていた。
東洋人の女性は幼くみえるというのが定説であるが、
私はそれにはあてはまらなかったらしい。
Oさんにとって私は
「1人カメラ片手にパリを徘徊する日本のおばちゃん」
って思われていたんだろうと推測する。

バス停が近づいたとき、
「いろいろ案内してくれたからお礼にコーヒーでも奢らせてください」
と言って「うん」っていってくれたが、
バスが来て「これに乗るといいよ」と言われ、バスに乗って別れることになる。
私の少し寂しい気持ちを乗せたバスが動き出す…。

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